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『般若心経』 釈提婆(シャーキャデーヴァ) 註


「色は空性と異ならない。」
(色不異空。)

色は空性より生じ、一瞬一瞬に移り変わって滅する。曇った心〔によって見れば〕、質礙があり、理趣ある意識で観察すれば、まったく形体なきものとなる。〔ゆえに〕錯乱した意識は究極のものでないと知るべきである。凡夫は色が滅したときにはじめて「〔これは〕空なるものである」と言うが、菩薩は森羅万象について惑うことなく、色と空性が一体であることを明らかに知る。それゆえ、「色は空性と異ならない。」というのである。
(即色從空而生。念念遷滅。滯心即有質。通情照觀。則畢竟無形。當知妄情非是究竟。凡夫滅色。始得言空。菩薩不妨參羅。了達色空一體。故言色不異空也。)

「空性は色と異ならない。」
(空不異色。)

空性において色が生じるのであって、〔すなわち、諸々の〕縁が和合すると色という名称が生じる。色は空性によらなければ、生じることも、変化することもありえない。空性は色によらなければ、名称が成立しない。そ〔れら色と空性〕の根源〔的なあり方〕を説明するなら、〔色と空性は〕必ず相互依存である。それゆえ、「空性は色と異ならない。」というのである。

(即空中生色。緣會故名色。緣散故言空。色不因空。不能生長生。空不因色。則不立名。欲顯其源。要須相藉。故言空不異色也。)

「色は空性である。」
(色即是空。)

色という法(ダルマ)は、虚妄を本質とする。色の自性は空という自性である。色が滅したときはじめて空〔となる〕のではない。それゆえ、「色は空性である。」というのである。
(即色法妄質。色性體空性。不以滅色始空。故言色即是空。)

「空性は色である。」
(空即是色。)

森羅万象はみな空性より出る。言葉によれば、〔空性において、〕『〔これは〕色〔である〕』ということができる。心を集中して空性について観察すれば、空性には依り所〔である色〕が有ることを見る。どうして空性が色でないだろうか?〔また、〕「私がいる」〔という自我意識を持つ〕人は空なるものと、空ならざるものに執著するが、自我意識がない人にとっては、空なるものも、実在するものもなく、心において、清浄なる円融*1が顕現する。それゆえ、「空性は色である。」というのである。
(萬像參羅。皆從空出。言亦得言即色。注心觀空。見有空體。豈非空即是色。存吾之者。著空不空。忘我之人。無空無有。意顯清混。故言空則是色。)

「受・想・行・識もまた同様である。」
(受想行識。亦復如是。)

ひとつの蘊(=色蘊)がすでにこのようなものであるので、残りの四つの蘊もまた同様である。それゆえ、「また同様である。」というのである。
(一蔭既爾。餘四亦然。故言亦復如是。)

「シャーリプトラよ、諸法の特徴は空性である。」
(舍利子。是諸法相空。)

これは以前に説かれたことを重ねて〔言うので〕あって「一切法は等しく空性を特徴とする、」ということの印である。
(此則疊前所說。印一切法同空性相。)

 

出典:X26n0526 般若心經註 ( 1 卷) 【中天竺 提婆註】

*1:円融(えんゆう、えんにゅう)とは「〘仏〙 個々のものが、それぞれの立場を保ちながら融和し、さまたげのないこと。完全にとけあっていること。」(大辞林 第三版より